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zoom RSS 原爆の日

<<   作成日時 : 2007/08/07 00:10   >>

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今日は62回目の広島原爆の日です。


原爆とは直接関係ありませんが、カエル男の父方の祖父は戦争で亡くなっています。

そして、私の母方の祖父は傷痍軍人で、身体障害者特級に認定されていました。
というのも、@右手は、手首から先がない A左手は、親指以外の指の第2関節から先がない B両足は、膝上から下部が切断されている という状態だったからです。
外国で戦っている時に銃で撃たれたんですが、戦時中で薬が手に入らず、傷口から菌が入って切断を余儀なくされたそうです。

私は生まれてからずっと祖父がそういう状態だったので、気持ち悪いとかヘンだとか思ったことは一度もないです。私が昔から点字とかハンセン病とかに興味があったのも、祖父の存在が影響しているかもしれません。
ただ、知らない人が見たら直視できないかもしれません。たぶん、気持ち悪いと思います。今よく考えると、どうしてこれで生きているのかと思うような障害だからです。

祖父は戦争が終わってから働いたこともなく、病院以外には外に出たことがほとんどありませんでした。まずトイレが困るし、やっぱり奇異な目で見られるのが嫌だったんでしょう。
祖母は定年まで働いた後、69歳で祖父を置いて亡くなりました。
残された祖父は、母が通いで面倒を見ました(母が一人っ子だったので)。
幸い隣町に住んでいたので、父や私や弟もちょくちょく来ていました。

ある日突然、朝家の中で倒れて亡くなっていました。心臓発作でした。
しかし、戦争で苦しんで差別で苦しんだ祖父が、最後は寝込まずにおそらく数分間で逝ってしまったことは、私たちの救いでもありました。「いちばんいい死に方だった」と。


私にとって、そういう意味で戦争は非常に近い存在だったと思います。
大阪人でひょうきんだった祖父は、戦争で外国に行ったことや自分の手足を切断した時のことを、いつも明るく話してくれました。私はその話を聞くのが嫌ではありませんでしたが、大人になって思うことは、そういう風に明るくごまかさないと、戦争の無惨さや障害を抱えて、ここまで生きてこられなかったのかなということです。戦争で心を病む軍人はたくさんいるそうですから。ましてや祖父は、自分で自分の命を絶つこともできない体でした。


戦争を知らない世代が増えていくことは、仕方のない事です。
でも、戦争を知っている世代の後継者は、まぎれもなく私たちです。
戦争は語れなくても、戦争で苦しんだ祖父のことは語れます。

日付が変わってしまいましたが、今から仏壇に線香をあげようと思います。
嫁に行った外孫(私)が、今祖父の家に住んでいるのも、何かの縁でしょうか?

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
きっと、何かの縁なんでしょうね。
戦争は語りつくせないほど残酷なものです。
小さい頃、この時期になると、戦争特番ばかりでテレビを見るのがイヤでした。
あまりの無残さに直視できなかったからです。
でも、大人になった今、見なければ、知らなければいけないんだと感じています
私も戦争を体験したわけではありませんが、体験者から生の声を聞き、それを子供達へ語っていこうと努力しています
2度と同じ悲劇を生まないために。

きりねこ
2007/08/08 10:21

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